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東京高等裁判所 昭和62年(行コ)24号 判決 1987年11月30日

控訴人 特許庁長官

代理人 西口元 石川和雄 ほか三名

被控訴人 ジエルクシユルツ ほか一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一  控訴人

1  原判決中、控訴人の敗訴部分を取り消す。

2  右取消にかかる被控訴人らの各請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

主文同旨

第二当事者双方の主張

当事者双方の主張は、原判決三枚目表四行目の「営んでいた」を「営んでいる」と訂正し、次に附加するほかは原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人の主張

1  特許出願人の確定については、厳格な書面主義(特許法施行規則一条一項)が採用されている関係上、願書に記載されたものを中心として、判断されることとなる(表示主義)。表示主義においては、願書の記載の意味を客観的に解釈して、出願人の合理的意思を推測することとなるのであるが、出願における合理的意思の推測である以上、合理的意思解釈の資料として最も重要な役割を果たすのは、出願における実務慣行である。けだし、出願人(特に弁理士による場合)は、願書を記載するにあたつては、従来の実務慣行に従つて記載するのが通例であるからである。

以下においては、本願の願書の記載について実務慣行等を考慮して客観的に解釈すれば、原判決とは異なり、本願の出願人は法人であると確定するのが合理的であることを明らかにする。

(一) 「名称」及び「代表者」の記載

本願の願書には、特許出願人の欄に「名称」として「フイルマ ジエルク シユルツ ウント パルトナー」、そして、「代表者」として「不詳」とそれぞれ記載されていた。

そこで検討するに、特許法三六条一項一号が「特許出願人の氏名又は名称」とわざわざ分けて記載していること、特許出願人が法人である場合に「名称」と記載するのが実務慣行であること(乙二号証参照)及び同号が「法人にあつては代表者の氏名」と規定し、法人の場合について、代表者の氏名を必要的記載事項としていることに照らせば、右各記載からは特許出願人を法人と解するのがむしろ自然である。

(二) 「代表者不詳」の記載と法人証明書の不提出

「代表者不詳」と記載するのは、一般的には、「代表者の不存在」を意味するものとして記載するのではなくして、法人の代表者は存在するのであるが「代表者の氏名が出願時において不明であるので、追つて補充する。」との意味で記載するのである(乙三号証の一参照)。

また、特許を受ける権利が共有にかかるときは、各共有者は他の共有者と共同でなければ特許出願をすることができない(特許法三七条)。そして、二人以上が共同して手続をしたときは、原則として各人が全員を代表するものとされている(同法一四条本文)のであるが、法は「代表者を定めて特許庁に届け出たときは、この限りでない。」(法一四条ただし書)として、その例外を認めている。右届出は、同法施行規則八条で定める様式一(代表者選定届)により届け出ることとされているのであるが、右届出を特許出願と同時になすときは、願書の出願人の欄には「代表出願人」と記載することとされている(同施行規則二三条一項で規定する願書の様式10の備考13参照。)ことからして、法人の代表者を意味する「代表者」という記載と、共有にかかる場合の代表者を意味する「代表出願人」という記載とは、意味するところが全く異なるというべきである。

以上のことからすれば、「代表者不詳」という記載からは、本願の出願人を法人であると解するのが合理的であるといわなければならない。

加えて、法人証明書の提出は、特許庁長官がその必要性を認めるときに命ぜられるものであり(同施行規則七条三号)、出願時において願書に右証明書を必ず添付しなければならないとはされていないのである。してみれば、その添付がないことをもつて出願人を法人でないと判断すべきとする原判決の考え方は、本末転倒の考え方というほかない。

(三) 「AG」又は「GmbH」という略号表示等

「AG」又は「GmbH」という略号表示等は、ドイツ連邦共和国の法人にあつてはその名称中に必ず存在するものではなく、現にその記載のないものでも法人格を有し、我国特許庁に出願を行つている例が多数ある(乙一号証参照)。してみれば、右略号表示等の記載がないことをもつて、本願の出願人が自然人であるとすることはできないというべきである。

(四) 「自然人」の記載と「パルトナー」の記載

「パルトナー」には「仲間」又は「組合員」という意味のほかに「社員」という意味もあるのであるし、また、ドイツ連邦共和国の法人からの特許出願において、一見すれば、本願の願書の記載よりもさらに自然人の申請ではないかと考えられるような記載(例えば、「フイツシヤー ウント クレシテ」とか「フイルマ マイエル ウント ボニシユ」など。)をして特許出願をした例が多数あるのである(乙一号証参照)。してみれば、原判決のごとく「ジエルク シユルツ」という自然人の記載に続いて「パルトナー」という記載があるからといつて、本願の出願人が自然人であると解するのは早計というべきである。

特に、本願の出願人を法人格のない民法上の組合等の全構成員であると解した上で、補正によつて特許出願人の表示をその構成員に変更することを認めることは、願書の記載に表れない事情を考慮して出願人を確定することとなつて、表示(書面)主義に反することが明らかである。なぜならば、本願の願書には「……パルトナー」と記載されているのみで、組合等の構成員の氏名のみならず、人数までも明確にされていないからである。また、右取扱いは、共同出願の場合、共有者全員の氏名を明記して共有者全員で出願することを規定している特許法三七条の趣旨にも反するというべきである。

2  本願の特許出願人と手続補正をする者との同一性

特許出願人の表示の補正については、無制限に許容されるものではなく、特許出願人が確定していることを当然の前提として、その同一性が認められる範囲において許されるものである。本願の出願人は、前述のとおり、法人としての「フイルマ ジエルク シユルツ ウント パルトナー」と確定すべきであるから、それを別人格である被控訴人ら二名に補正するのは、同一性の範囲を明らかに逸脱するというほかない。すなわち、その補正は、有限会社を出願人とした出願につき、後日、その構成員たる社員に出願人を変更するようなものであつて、許されないことが明らかである。

二  被控訴人らの主張

1  控訴人は、ドイツ連邦共和国の法人にあつては、必ずしも「AG」または「GmbH」という略号表示が使用されるものではないとか、「パルトナー」には「仲間」又は「組合員」という意味のほかに、「社員」という意味もあるし、一見すれば、本願の願書の記載よりもさらに自然人の申請ではないかと考えられるような記載をして特許出願をした例が多数あると主張しているが、少し焦点のずれた議論のように思われる。何故ならば、願書には、法人の場合、実務慣行から名称と言う用語と、代表者の氏名が明記され、必要に応じ法人証明書の提出がなされた結果、申請が受理されるのであるから、そのような総合的検証に合格した法人の名称の中に、一見自然人のように思われるものが存在していたとしても、このことは、「代表者不詳」と記載され、法人証明書も提出されていない本願の場合、その出願人を法人と確定する根拠となりえないからである。

2  わが国の民法は、組合は契約関係であり、組合財産は、総組合員の共有に属すると定め(六六八条)、各共有者の持分は共有者の合意により、また法律の規定によつて定められるが、共有持分の割合が明確でないときは、各共有者の持分は均しいものと推定している(二五〇条)。そして、共有財産が無体財産の場合には、準共有と言われ、法令に別段の定めがない場合には、共有の規定が準用されることになつている(二六四条)。

ドイツ民法においても、組合(Gesellschaft)は法人ではなく契約関係とされ、同法七一八条一項は「組合員の出資及び業務執行に依り組合の為に取得したる目的は組合員の共同財産となる」と規定している(甲第九号証)。しかし、この場合の組合とは、共同(Gemeinschaft)と言われる同法七四一条以下に定められている持分(部分)的共同よりも、一段と目的共同のための契約に依る結合であるので、所謂総手(全部)的共同と言われて、結合の度合が強く、前述した共同の規定が広き範囲において排除されているが(甲第一〇、一一号証)、共同の規定の中には、「共同者の持分は、疑わしきときは、之を平等なるものとする」(七四二条)と、わが国の民法二五〇条と同旨のものも含まれている(甲第一二号証)。そして、ドイツ民法七一八条の組合の財産の中に、無体財産が含まれることは文言上明らかである。

以上により、わが国においても、ドイツにおいても、組合財産は当然に全組合員の共有に属すると定められており、そこに相違はない。

第三証拠関係 <略>

理由

一  当裁判所も原判決が認容した被控訴人らの控訴人に対する本訴各請求は、正当としてこれを認容すべきものと判断する。その理由は、次のとおり附加、訂正、削除するほかは原判決の理由と同じであるから、これを引用する。

1  原判決一六枚目裏一行目の「これをみるに、」の後に「本願においては法人証明書が提出されていなかつたことは弁論の全趣旨により明らかであるところ、」を加え、同八行目「である。」の後に「また、<証拠略>によれば、控訴人に提出される特許出願等の願書において、出願人が法人の場合は『名称』として法人名が、『代表者』として代表者の氏名が各記載されているのが実務の慣行であることが認められる。」を加え、同行目「しかしながら、」の後に「本願の願書に出願人として表示されている『フイルマ ジエルク シユルツ ウント パルトナー』という団体が法人格を有するかどうかは、右出願人の住所及び国籍の項の記載(<証拠略>によれば、本願の願書に出願人の国籍として『ドイツ連邦共和国』と記載されていることが明らかである。)からその従属法というべきドイツ連邦共和国法により決定されなければならないところ、」を加え、同行目「右文言」を「右『名称』及び『代表者』という文言」と訂正し、同一〇行目「共和国法上の」を「共和国法上法人格を有する社団であることが明らかな」と訂正する。

2  同一七枚目表四行目「『代表者』が」から同六行目「及び」までを削除し、同一〇行目「記載されていること」の後に「(これらの文言は法人格のない団体についても使用することができる。)及び前記の実務慣行」を加え、同一一行目「記載自体は、」の後に「同国法上」を加え、同裏三行目「自然である。」の後に「控訴人の当審における主張1(三)、(四)の事実は『フイルマ ジエルク シユルツ ウント パルトナー』が法人格を有することがありうることを示すにすぎず、これを同国法上の法人と確定する根拠となるものではないことが明らかであるから、右認定を左右するに足りない。」を加え、同行目「ところで」の後に「組合等の構成員が事業を経営するに際し自己を表示するために組合等の名称を便宜使用することがあるのは当然であるが、」を加える。

3  同一八枚目表八行目冒頭から同裏一ないし二行目の「共有に属すること、」までを「前認定の請求原因1(一)の事実、<証拠略>によると、前記『フイルマ ジエルク シユルツ ウント パルトナー』はドイツ連邦共和国法上の法人ではなく、被控訴人両名の契約により成立した法人格のない組合であり、本願の対象である特許を受ける権利は法例七条二項、ドイツ連邦共和国民法七一八条一項により被控訴人両名の共同所有に属すること、」と訂正する。

二  よつて、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 瀧川叡一 牧野利秋 木下順太郎)

【参考】第一審(東京地裁昭和六〇年(行ウ)第一一八号 昭和六二年三月二〇日判決)

主文

一 被告が昭和五七年特許願第一二四三〇三号について昭和五九年一月一三日付けでした手続補正書の不受理処分を取消す。

二 被告が昭和五七年特許願第一二四三〇三号について昭和五九年二月二三日付けでした出願無効の処分を取消す。

三 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四 訴訟費用はこれを三分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

1 被告が昭和六〇年六月二〇日付けでした昭和五九年特総第三〇四〇号及び三〇五五号事件(原告らより昭和五九年三月二九日付け及び同年五月一一日付けでした二件の行政不服審査法による異議申立事件)についての決定を取消す。

2 主文第一、二項と同旨

3 訴訟費用は被告の負担とする。

二 請求の趣旨に対する答弁

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一 請求の原因

1 手続の経緯

(一) 原告らは、原告ら両名のみで組合を結成し、ドイツ連邦共和国、デー四〇〇〇 デユツセルドルフ、グラーベンシユトラーサ 七において「フイルマ ジエルク シユルツ ウント パルトナー」の名称で事業を営んでいたものである。

(二) 原告らは、右組合所有の財産とすべき特許を受ける権利にかかる発明につき日本国特許を得るべく、特許管理人を通じて、昭和五七年七月一四日付けで特許庁に特許出願(昭和五七年特許願第一二四三〇三号。以下、「本願」という。)をした。原告ら特許管理人は、右出願に際し、願書に出願人の住所として「ドイツ連邦共和国、デー四〇〇〇 デユツセルドルフ、グラーベンシユトラーサ 七」と記載し、出願人の名称として「フイルマ ジエルク シユルツ ウント パルトナー 代表者 不詳」と記載した。

(三) 被告は、本願について、昭和五七年一〇月七日付けで、法人証明書、特許出願人(法人)の代表者の項を設けて氏名を記載した適正な願書及び代理権を証する書面等の提出を求める手続補正指令(以下、「本件補正指令」という。)を行つた。

(四) 原告らは、特許管理人を通じ、昭和五八年一一月二二日付けで、本願の真の出願人は原告ら両名であり、出願書面における出願人の表示は誤記であつたから、出願人を原告らに訂正する旨の手続補正書(以下、「本件補正書」という。)を提出した。

(五) 被告は、昭和五九年一月一三日付けで、「差出の趣旨は認めない」との理由により本件補正書を不受理処分にした(以下、「本件不受理処分」という。)。更に被告は、昭和五九年二月二三日付けで、「期間内に補正書の提出がない」との理由により本願を出願無効処分にした(以下、「本件無効処分」という。)。

(六) 原告らは、特許管理人を通じて、被告に対し、本件不受理処分につき昭和五九年三月二九日付けで、本件無効処分につき同年五月一一日付けで、それぞれ行政不服審査法による異議申立てをした。

(七) 被告は、昭和六〇年六月二〇日、本件不受理処分に対する異議申立てについては「本願は出願人を『フイルマ ジエルク シユルツ ウント パルトナー』と明記しているのみであり、ほかの書類によるも同人以外に出願人が存在することを立証するものがないから、本願の出願人は同人と確定するほかない。ひとたび出願人として確定した同人を本件補正書により訂正することは主体の変更となるので、同人と異議申立人らがいかなる関係にあろうとも、本件補正書は受理できない。ゆえに本件不受理処分は妥当なものである。」との理由で、本件無効処分に対する異議申立てについては「本願のように権利能力のない者を出願人とした出願は、そもそも出願として成立しないので、出願の係属を解くために出願無効処分に付するものである。かかる意味での本件無効処分については違法なところはない。」との理由で、いずれも棄却するとの決定をした(以下、「本件決定」という。)。右決定正本は、昭和六〇年六月二六日、原告ら特許管理人に送達された。

2 本件不受理処分等の違法性

(一) 本件不受理処分の違法性

原告らは、本願の願書に、出願人の住所として「ドイツ連邦共和国、デー四〇〇〇 デユツセルドルフ、グラーベンシユトラーサ 七」と記載し、出願人の名称として「フイルマ ジエルク シユルツ ウント パルトナー 代表者 不詳」と記載して出願した。「フイルマ ジエルク シユルツ ウント パルトナー」とは、「ジエルク シユルツ」とその仲間の商会という意味であり、直接的には、原告両名のみを組合員とする法人格のない民法上の組合を指すものである。原告両名は、本願にかかる特許を受ける権利が右組合の財産に属するものであつたため、願書に出願人の表示として右のような記載をした。ところで、組合財産は組合員全員の共有に属するから、右特許を受ける権利も原告両名の共有に属するものである。そして願書には右組合員二名のうち原告ジエルク シユルツの名前が明示されており、もう一人の組合員である原告ヘルムツト レウルも「仲間」という匿名で表示されている。右組合自体は権利能力を有しないことからすると、願書の出願人の住所、名称の記載から確定される本願の出願人は、自然人たる原告両名であるといいうる。本件補正書は、右の「仲間」という匿名人を実名の「ヘルムツト レウル」に置き換えて出願人を原告両名という形に明確化したにすぎないもので、出願の主体を変更するものではない。このことは、願書における出願人の住所と本件補正書に示された原告両名の住所とが同一であつて変更されていないこと及び発明者や代理人の表示が同一であることから明らかである。そして、右のような補正を認めても出願の主体を変更するものではないから、他の出願人の権利を侵害することもない。また、被告は、本願に対し、本件補正指令を出したが、その趣旨は、「不明確な出願人の記載を明確にし、かつ、証拠をもつて立証せよ」というものであり、出願人の権利を少しでも保護しようという目的をもつものであつた(特許法一七条二項が特許庁長官等に手続の補正を命ずる権限を与えている趣旨は、出願人の出願をできるだけ無効にしないようにするためである)。右目的からすれば、本件補正指令が法人としての出願であることを前提としたものであり、これに応じて提出された本件補正書が自然人を出願人とする補正を内容とするものであつたとしても、右補正が真実にそうものである以上、これを許すべきであり、このように解しても補正制度に違反するとはいえない。よつて、本件補正書は適法であり、受理されるべきものであつた。

なお、被告は、後記のとおり、「本願の願書には、自然人に用いられる『氏名』ではなく、法人に用いられる『名称』という言葉が使用されていること、法人が特許出願人である場合に必要な『代表者』の記載があることより、本件出願人は、法人としての『フイルマ ジエルク シユルツ ウント パルトナー』と確定せられるべきものである」旨主張する。しかし、「名称」という言葉は、自然人の場合には絶対に使つてはならないというほど厳格に用法が限定されているわけではないこと、「フイルマ」というドイツ語には、会社という意味のほかに、屋号や商号を意味する場合もあること、「フイルマ」の下には「パルトナー」という仲間とか相棒、共同者又は組合を意味するドイツ語がついていること、法人の場合にのみ「代表者」が定められるわけではなく、共有者や共同事業の場合にも「代表者」が定められる場合もありうるし、「代表者 不詳」という文字も必ずしも法人と結びつくものではないことからすると、本願の願書の記載から出願人が法人であると認定することはできない。むしろ、前記のように本願にかかる特許を受ける権利が原告両名の共有に属するものであること、本願の願書には、「名称」として「ジエルク シユルツ」なる自然人の名が明記されており、右共有の趣旨が表現されていること、出願人を確定するについては、願書の記載から一見して法人の出願と思われる場合であつても、なお自然人と認定しうる余地がないか否か柔軟な対応をし、出願人が先願権を失うなどの重大な不利益を蒙らないようにすべきであることからすると、本願の出願人は原告両名と確定されるべきである。

以上の次第で本件不受理処分は違法であり、取消されるべきものである。

(二) 本件無効処分の違法性

被告は、法人でも自然人でもないものには権利能力がないので、出願人の資格がなく、その出願は出願として成立しないとの前提に立ち、本願の出願人は権利能力のない組合であるから出願人になれないし、その名でした出願は出願として成立しないとして本件無効処分をしたものと思われる。また、本件無効処分の直接の原因は、本件補正指令に対し、出願人がその要求に応じなかつたということにある。

しかし、本願の出願人は自然人たる原告両名であり、被告の右前提は採用しえない。更に、本件補正指令に対しては、前記のとおり出願人が原告両名であることを明確にする本件補正書が適法に提出されている(本件補正書に対する不受理処分が取消されるべきものであることは既述のとおりである。)。したがつて、本願は適法であり、本件無効処分は取消されるべきものである。

(三) 本件決定の違法性

本件決定は、当然論ずべきを論じていない重大な理由不備の瑕疵が存するから取消されるべきである。

3 よつて、原告は本件不受理処分、本件無効処分及び本件決定の各取消しを求める。

二 請求の原因に対する認否

1 請求の原因記載1の(一)の事実は不知。

2 同1の(二)ないし(七)の事実は認める。

3 同2の主張は争う。

三 被告の主張(本件各処分の適法性)

1 本願にかかる特許出願人の確定

(一) 書面主義(表示主義)の原則

特許出願は、特許権を得ようとする者がその意思を客観的に表示する行為であり、特許出願が受理されると、その出願日を基準として、出願の順位が定まる等の効果が生ずることから、出願日において、特許出願人が何人であるかが確定されていなければならない。

ところで、特許法においては特許出願について厳格な書面主義が採用されている(同法施行規則一条一項)うえ、同法三六条一項の規定によれば、特許出願は願書を提出して行うべきものとされ、願書には、「特許出願人の氏名又は名称及び住所又は居所並びに法人にあつては代表者の氏名」が記載されるべきものとされているから、当該特許出願にかかる特許出願人が何人であるかは、その願書に特許出願人と表示されたところに従つて確定すべきである(表示主義)。

特許出願人となりうる者は、自然人又は法人であるから、被告としては、書面主義(表示主義)にのつとつて、願書を中心として出願人が自然人と法人のどちらであるかを判断すれば足りることとなる。

(二) これを本件についてみるに、本願の願書には、特許出願人としてその「名称」が「フイルマ ジエルク シユルツ ウント パルトナー」と表示され、さらに、「代表者」が「不詳」と記載されていた。

ここで、自然人に用いられる「氏名」ではなく、法人に用いられる「名称」という言葉が使用されていること、ドイツ語で「会社」を意味する「フイルマ」という言葉が使用されていること、法人が特許出願人である場合に必要な「代表者」の記載があることに照らせば、本願にかかる特許出願人が法人としての「フイルマ ジエルク シユルツ ウント パルトナー」と確定されるべきことは明らかである。

原告らは、「名称」という言葉は自然人の場合に絶対に使つてはならないというほど厳格に用法が限定されているわけではないと主張する。しかし、特許法三六条一項一号が特に「特許出願人の氏名又は名称」と分けて規定していること及び出願人が法人である場合には「名称」と記載するのが常識であることに照らせば、原告らの右主張は失当である。

また、原告らは、「フイルマ」というドイツ語には会社という意味のほかに屋号や商号を意味する場合もある旨主張する。しかし、そもそも出願人が自然人であれば、その特定のために屋号等を記載して出願するはずがなく、原告らの右主張も失当である。

更に、原告らは、法人の場合にのみ代表者が定められるわけではなく、共有者等の場合にも代表者を定めることがありうる旨主張する。しかし、特許法三六条一項一号が「法人にあつて代表者の氏名」とわざわざ規定していることからいつても、原告らの右主張は理由がない。また、仮に共有者間において代表者が存在するとしても、共有者が特許出願する場合は、他の共有者と共同でなければ特許出願をすることができず(特許法三七条)、その場合は、共有者全員の氏名を記載して特許出願をすれば足りるのであつて、代表者の氏名を記載する必要はない。結局原告らの右主張も失当である。

加えて、原告ら特許管理人も、当初は、本願の出願人が法人ではないことを知らずに出願し、後日、本願の出願人が組合であることが判明したことを本件補正書において自認している。したがつて、本願が法人を出願人としてなされたことは明らかである。

2 本件不受理処分の適法性

願書には法人である特許出願人につき代表者の氏名を記載すべきものとされ、また、特許法施行規則七条三項によると、特許庁長官は、外国法人の手続について必要と認めるときは、法人であることを証する書面(以下、「法人証明書」という)の提出を命ずることができるとされている。本願の願書には、「代表者 不詳」と記載され、かつ、法人証明書も添付されていなかつたから、この点について本願が方式に違反していることは明らかである。そこで、被告は、本件補正指令をしたものである。ところが、本件補正書は、既に自らが提出した願書の記載により確定された特許出願人を変更しようとするものであつた。特許法一七条二項にいう「補正」は、特許出願人が確定されていることを前提として、その同一性を有する範囲内で許されるものであつて、決して無制限に許されるものではない。本件補正指令も、本願の特許出願人が法人である「フイルマ ジエルク シユルツ ウント パルトナー」であると確定したことを前提とするものである。したがつて、本件補正書は、本件補正指令に応じた補正書とはいえず、本件不受理処分は適法である。

3 本件無効処分の適法性

被告は、本願の方式の瑕疵について本件補正指令をしたが、本件補正指令に定める期間内に補正がされなかつた(本件補正書は補正の名に値せず本件不受理処分にされている。)。したがつて、本件無効処分は特許法一八条一項に基づく適法なものである。

なお、本願が権利能力のない組合による出願であるとすれば、出願の主体的要件を欠くから、そもそも出願として認められないものである。

4 本件決定について

本件訴えは、本件不受理処分及び本件無効処分の各取消しと右各処分についての異議申立てを棄却した本件決定の取消しを求めるものであるが、原告らは、本件不受理処分及び本件無効処分の違法事由を主張するのみで、本件決定に固有の違法事由については何ら主張していない。よつて、本件決定の取消しを求める旨の請求は行政事件訴訟法一〇条二項により理由がない。

四 被告の主張に対する認否

1 被告の主張1の(一)、(二)はいずれも争う。

2 同2のうち特許法一七条二項にいう「補正」が、特許出願人が確定されていることを前提として、その同一性を有する範囲内で許されるものであつて、決して無制限に許されるものでないことは認め、その余は争う。

3 同3、4はいずれも争う。

第三証拠 <略>

理由

一 手続の経緯

原本の存在及び成立につき争いのない甲第四号証の九によると、請求の原因記載1の(一)の事実が認められる。

請求の原因記載1の(二)ないし(七)の各事実は当事者間に争いがない。

二 本願の特許出願人の確定

思うに、特許出願人の確定に当たつては、願書の記載に基づき、客観的見地から、当事者の合理的意思を推測してこれをなすべきであり、出願代理人の意思等の主観的事情は原則として顧慮しないのが相当というべきである。

本件についてこれをみるに、本願の願書に出願人の「名称」として「フイルマ ジエルク シユルツ ウント パルトナー 代表者 不詳」と記載されていたことは、先に確定したとおりである。そして、右「名称」及び「代表者」なる文言は、願書の記載事項に関する特許法三六条一項一号、同法施行規則二三条様式一〇の一〇項の各規定に照らすと、その出願人が法人であることを窺わせる一応の根拠となりうるものである。しかしながら、本願の願書中には、右文言以外に出願人が法人であることを窺わせる記載、例えば、ドイツ連邦共和国法上の株式会社又は有限会社につき一般的に用いられる「AG」又は「GmbH」の略号表示等は見当たらず、被告指摘の「フイルマ」なる文言はあるものの、これは、「商号」又は「商会」を意味するドイツ語の片仮名表記にすぎず、必ずしも法人と結びつく用語とはいえない。むしろ、本願においては、「代表者」が「不詳」とされ、法人証明書が提出されていなかつたこと(この点は弁論の全趣旨により認めることができる。)及び出願人の名称中に「ジエルク シユルツ」という自然人の氏名と思われる記載に続いて「パルトナー」という「仲間」又は「組合員」を意味する文言が使用されていることに照らすと、願書に「名称」、「代表者」という文言が記載されていることを参酌しても、「フイルマ ジエルク シユルツ ウント パルトナー」という記載自体は、株式会社又は有限会社のような法人ではなく、法人格のない民法上の組合又は社団等(以下「組合等」という。)を指すと解するのが自然である。ところで、我国特許法においては、法人格のない組合等は特許出願人になれず、その出願は不適法であるから、願書の形式的記載自体においては一見組合等名義での出願と解されるものであつても、一般にはその組合等の構成員による出願、特に、構成員である自然人による出願であると善解するのが出願人の合理的意思にかなうゆえんである。右のような出願人の合理的意思を付度すれば、本願の出願人は「フイルマ ジエルク シユルツ ウント パルトナー」という表示によつて指し示される組合等自体ではなく、その全構成員たる自然人であると認めるべきである。なお、<証拠略>によると、本願に際し、原告ら特許管理人は、出願人を法人であると誤信していたことが窺われるが、このような願書の記載に表れない主観的事情は右認定を左右するものではない。

三 本件不受理処分の適否

<証拠略>によると、本願の対象たる特許を受ける権利は、原告両名のみで結成された「フイルマ ジエルク シユルツ ウント パルトナー」なる法人格のない組合に属するものであり、ひいては原告両名の共有に属すること、右権利関係に鑑みれば、本願の願書に記載されるべき特許出願人は右組合の全構成員である原告両名であること、現実には本願の特許出願人として右組合名と同一の表示がなされていたが、この表示によつて指し示される組合等の構成員たる自然人とは結局原告両名であること、本件補正書による補正は、本願の特許出願人の表示を「フイルマ ジエルク シユルツ ウント パルトナー」から原告両名に訂正する等の内容であつたことがそれぞれ認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。そうすると、本願における特許出願人は原告両名であつて、この点は本件補正書による補正の前後を通じて何ら異同がなく、ただ本願の願書における特許出願人の表示がそのままでは組合等自体を指称すると誤解されかねなかつたため、右補正をもつてこの点を明確化したにすぎないものということができる。

ところで、<証拠略>によると、本件補正指令は、本願の願書について「特許出願人(法人)の代表者の項を設けて氏名を記載したもの」に補正し、かつ、法人証明書の提出を求めるなど、本願の特許出願人が法人であることを前提とする内容であつたことが認められる。これに対し、本件補正書による補正は、前記のとおり出願人を原告両名に補正するというものであるから、本件補正指令の要求を直接満たすものではないことが明らかである。しかし、本願の特許出願人が法人である旨の本件補正指令の前提は前記のとおり誤りであるから、本件補正書による補正が本件補正指令の趣旨に対応したものではないとの点は、何ら本件不受理処分を正当化するものではないといわなければならない。

以上のとおり、本件全証拠によるも、本件補正書について、これを不受理としなければならないような違法があるとは認められず、したがつて、本件不受理処分は違法であり、取消されるべきものである。

四 本件無効処分の適否

被告が昭和五九年二月二三日付けで、「期間内に補正書の提出がない。」との理由により、本願につき本件無効処分をしたことは、先に確定したとおりである。そして、本件無効処分は本件不受理処分が適法であることを前提とするものであるが、前項で説示したとおり、本件不受理処分が違法であつて取消されるべきものである以上、本件無効処分もまた前提を欠くものとして違法であるといわなければならない。また、本願は、前記認定のとおり原告らによる出願であつて、権利能力なき組合自体の出願ではないから、出願人に権利能力がないことを理由として出願無効処分をすることもできない。

したがつて、本件無効処分も違法であり、取消されるべきものである。

五 本件決定の取消請求について

本件訴えが本件不受理処分及び本件無効処分の各取消しと右各処分についての異議申立てを棄却した本件決定の取消しを求めるものであることは、原告らの主張自体から明らかである。したがつて、本件決定の取消しを求めるためには、本件決定固有の違法事由を具体的に主張することが必要である(行政事件訴訟法一〇条二項、同法三条三項)。しかるに、原告らは、本件決定の違法事由について、「本件決定は、当然論ずべきを論じておらない重大な理由不備の瑕疵が存する」と主張するのみで、具体的な違法事由を主張しない。したがつて、本件決定の取消請求に関する原告らの主張はそれ自体失当である。

六 結論

よつて、本訴請求のうち、本件不受理処分及び本件無効処分の取消しを求める各請求はいずれも理由があるから認容し、本件決定の取消しを求める請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安倉孝弘 小林正 設楽隆一)

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